ビジネス、障害者雇用

「できない」は本当に能力の問題?──近くに人がいると動けなくなる現象とその支援

「できない=能力不足」ではないかもしれない

職場や支援の場で、こんな光景を目にしたことはありませんか?

  • 何度伝えても定着しないように見える
  • 繰り返しているのに、同じ場面で手が止まってしまう
  • 支援者や上司が近くにいると、なぜか動きが鈍る

こうした場面で、つい「本人の能力に問題があるのでは」と感じてしまうことがあります。
でも、実際には「その人がその場で力を発揮できない状態」だったのかもしれません。

 

「一人ならできる」こともある

実際に支援の現場では、こんな事例が多く見られます。

  • 面接では無言だった人が、現場では生き生きと働く
  • 訓練中はミスを繰り返していたのに、一人で任された業務は集中してこなせる

これは単なる「緊張しやすい人」の話ではなく、発達障害や精神障害など見えにくい特性を持つ人に特に見られる現象です。
環境との相互作用が、行動の安定性に大きく影響しているのです。

何が起きているのか?

この「近くに人がいると動けなくなる」現象の背景には、以下のような要素があります。

  • 他人の目を強く意識して、自分のペースを失う
  • 「間違ったらどうしよう」という思考が先に立ち、手が止まる
  • 自分の判断や感覚を信じられなくなる
  • 「評価されている」という空気が、不安を引き起こす

つまり、能力がないのではなく、
「能力があっても信じきれず、発揮できていない」状態といえます。

日常生活でも似たことはありませんか?

たとえば、家ではスラスラ言えていたプレゼンが、人前に立った瞬間真っ白になる。
手が震えて声も出づらくなる。

このとき、誰も「内容を理解していない」「努力が足りない」とは思いませんよね。
でも障害のある人が同じような状態になったとき、
「できていない=能力不足」と評価されてしまう場面は少なくありません。

 

 

「見えていること」がすべてじゃない

支援者も職場の同僚も、「目の前で起きていること」に強く引っ張られます。
うまくいっていない様子を見ると、「この人にはまだ難しい」と思ってしまいがちです。

でも、実際には一人でできていたり、別の環境ではすでに達成していたりすることも多いのです。
だからこそ大切なのは、「教え直す」ことよりも、
「どうすれば力を発揮しやすくなるか」を一緒に考える視点です。

 

現場でできる実践的アプローチ

1. プレッシャーを感じにくい距離感・位置を調整する

近くにいるだけで本人が緊張してしまうことがあります。
たとえば、「指導しよう」と意識して見守っていると、その視線がプレッシャーとなり、動きがぎこちなくなることも。

・あえて視界に入らない位置で見守る
・背後や斜め後ろからの観察に切り替える
・「今は確認してないよ」と一言添えておく

支援者が「気にしていないよ」というメッセージを伝えることで、安心して作業に集中しやすくなります。

2. 見守りが緊張を生んでいないか振り返る

「うまくいってるか確認したい」「困っていないか見ておきたい」という支援者の思いが、実は本人にとって“見張られている”と感じられていることがあります。

・見守りの時間と方法を明示する(例:「10分だけ一緒に確認するね」)
・業務開始前に「わからないときだけ声かけて」と伝える
・逆に、「今は一人でやってみたい?」と選ばせる

“見ていることが支援”になるとは限らない。必要に応じて“離れる支援”も選択肢に入れましょう。

3. 一人で成果を出しやすい業務を選定する

グループ作業や対面でのやりとりがある業務は、緊張や混乱が起きやすくなります。一方で、静かな環境で一人で進められる業務は、本人の力を十分に発揮できる場になることが多いです。

・こまめな報告や相談が不要な業務を任せてみる
・スモールステップで進行できる定型業務を導入する
・「集中モードに入りやすい時間帯」に合わせて作業を割り振る

「できている状態」で業務に取り組める環境を整えることが、成功体験を積み重ねる近道になります。

4. 「できる」と思える場面を意図的に増やす

自分の力を発揮できたという実感が、次の「やってみよう」という意欲につながります。これは一度きりの成功ではなく、繰り返し「できた」と感じられる機会を意識的につくることで育ちます。

・事前に「できる」と予測できる業務を選んで任せる
・成功したことを明確な言葉でフィードバックする(例:「昨日の報告、すごく丁寧だったよ」)
・“結果”より“試したプロセス”を評価する(例:「今日は自分から聞いてくれたのがすごくよかった」)

自己信頼の回復は、支援者が「信じて見守る」ことから始まります。

最後に

「見ていればわかる」という言葉は、ときに支援や評価を誤らせます。
人は“見られること”によって、本来の力を出せなくなることもある。

「できていないように見える」その裏には、
まだ発揮されていない力が眠っているかもしれません。

本人がその力を信じられるように。
そして、周囲もその力を信じられるように。
支援も、共に働くことも、そのためにできることがきっとあります。

 

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